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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)631号 判決

原告 中元勇

被告 矢田谷伝三郎

主文

被告は原告に対し、金一、三九四、〇〇〇円およびこれに対する昭和三五年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金一一、五一五、三七七円および右金員のうち金五、二九六、八三〇円については昭和三二年七月一四日から、金一、五二六、四〇〇円については昭和三三年六月一七日から、金一、五八九、〇四九円については昭和三三年七月五日から、金三、一〇三、〇九八円については昭和三四年七月二四日から、それぞれ支払ずみに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因および抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

一、原告は大阪弁護士会所属の弁護士であり、被告との間に昭和二六年頃から事件処理を通じて親交があつたが、昭和三〇年頃から昭和三四年頃までの間に、被告から左記のとおり、各種事件処理の委託をうけ、その事務を処理した。

(一)、被告は、昭和三〇年七月一六日、訴外王竹三から、訴外吉田松夫外一名を連帯債務者とする金二、一〇〇、〇〇〇円の寄託金債権およびこれに対する昭和二八年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金債権を、右債権を担保するため訴外吉田所有の別紙〈省略〉第一、第二目録記載の各土地(以下各第一土地、第二土地という)および第三目録記載の建物(以下第三建物という)につき設定された抵当権とともに、信託的に譲り受け、原告に対し、右抵当権付債権の回収を依頼し、原告はこれを受任した。

(二)、右各土地建物には昭和二四年六月二七日付で、(イ)債権者株式会社三和銀行、債務者吉田松夫、債権極度額金一、四〇〇、〇〇〇円、(ロ)債権者同銀行、債務者株式会社日進鉄工所、債権極度額金五〇〇、〇〇〇円の各根抵当権設定登記がなされていたため、原告は被告に対し、先順位根抵当権者である三和銀行の右債権を根抵当権とともに譲り受けて右土地建物に対する競売手続を有利に進めうる態勢をつくるよう勧告し、被告において三和銀行と交渉した結果、同銀行から昭和二五年四月一日以降日歩五銭の割合による遅延損害金付の訴外吉田松夫に対する金一、一〇〇、〇〇〇円(前記一、四〇〇、〇〇〇円の残額)の貸付金債権および前同様の損害金付の訴外株式会社日進鉄工所に対する金五〇、〇〇〇円の貸付金債権を、前記各根抵当権とともに合計金八〇〇、〇〇〇円で譲り受けることとなつたが、原告は右契約の締結および代金の支払に立会い必要な手続を完了した。

(三)、原告は被告に対しまず第一土地および第三建物について競売の申立をなすことを勧告し、被告の委任をうけて、昭和三一年一〇月一一日、神戸地方裁判所伊丹支部に対し、前記王竹三からの譲受債権の抵当権に基づき右土地建物につき競売の申立をなし、右申立は同庁昭和三一年(ケ)第二一号事件として係属したが、さらに右競売申立後、被告が三和銀行から譲り受けた前記各債権および根抵当権について対抗要件を具備したので、同年一二月二八日右競売申立事件につき三和銀行からの右各譲受債権をもつて配当要求の申立をなした。

右不動産競売事件において、原告は被告の代理人として、昭和三二年二月五日の競売期日に第三建物を代金一、四五一、六一〇円で、同年五月一四日の競売期日に第一土地を代金一、三五〇、〇〇〇円でそれぞれ競落し、右建物の競落代金は被告の三和銀行からの譲受債権の一部をもつて、右土地の代金は被告の三和銀行からの譲受債権の残額と王竹三からの譲受債権の遅延損害金二一〇、〇〇〇円および右譲受債権のうち金四九六、六一〇円をもつてそれぞれ支払つた。

(四)、第二土地は当時地目が畑であつたため、原告は、被告がこれを取得しうるようにするため、被告の代理人として、訴外吉田松夫に代位して、宝塚市農地委員会から右土地の現況が農地でないことの証明を得て、土地台帳および登記簿の地目を畑から宅地に変更したうえ、昭和三二年一〇月一四日、神戸地方裁判所伊丹支部に、王竹三からの譲受債権の残額をもつて第二土地につき競売の申立をなし、右申立は同庁昭和三二年(ケ)第二五号事件として係属したが、原告は昭和三三年四月一七日の競売期日に被告の代理人として右土地を代金一、四二一、〇〇〇円で競落し、王竹三からの譲受債権の遅延損害金および元本の一部をもつてその支払に充てた。

(五)、当時第一、第二の各土地および第三建物は、昭和三一年六月二五日訴外吉田松夫からこれを賃借した訴外松田正男が占有していたが、うち第二の土地については、建物を建築していなかつたので、原告は、被告に占有を始めるよう勧告して実行させ、松田の妨害はあつたが柵をめぐらして原告の名で立札し、第一土地および第三建物については、被告の委任をうけ、昭和三二年九月三〇日、神戸地方裁判所伊丹支部に対し、訴外松田に対する右土地建物の明渡請求訴訟を提起(同庁昭和三二年(ワ)第七九号土地家屋明渡請求事件として係属したが後に神戸地方裁判所に回付され、同庁昭和三三年(ワ)第一六〇号事件として係属)し、又昭和三三年六月二日、同裁判所同支部に対し、右土地建物につき現状維持の仮処分申請をした(同庁昭和三三年(ヨ)第二四号不動産仮処分事件として係属)。

右仮処分事件につき同庁は申請どおりの仮処分命令を発したので、原告は右命令に基づき執行官(当時執行吏)藤原秋一に右仮処分の執行として松田の住居の玄関外側にその旨公示をさせたが、明渡請求訴訟については、松田が理由のない抗弁を提出し、訴訟が遅々として進行せず、又被告の早期解決の要望もあつたので、原告は松田に対する精神的圧迫をも考慮して、松田が正当の権原なく、前記土地建物を占有していることによつて被告が被つた損害賠償債権を保全するため、被告の委任をうけ、松田を相手方として、(イ)昭和三四年四月三〇日、神戸地方裁判所伊丹支部に対し、損害金一五〇、〇〇〇円の債権を保全するため、動産の仮差押申請をし(同庁昭和三四年(ヨ)第二一号事件)、その決定を得て松田の動産全部について仮差押の執行をなし、(ロ)同日、宝塚簡易裁判所に対し、損害金五〇、〇〇〇円の債権を保全するための電話加入権の仮差押申請をし(同庁昭和三四年(ト)第七号事件)、その決定を得て執行をなし、(ハ)同年五月六日、損害金二〇〇、〇〇〇円の債権を保全するため、松田の第三債務者鳩タクシー株式会社に対する債権仮差押の申請をなし(右申請は決定前に取り下げた)、さらに(ニ)前記土地建物に対する現状維持仮処分の公示の状況を執行官に調査させ、右公示板上に松田が貼付していた紙を除去させるなどの措置を講じた。

(六)、松田は原告のこれらの措置によつて訴訟継続の意思を放棄し、被告に対し和解を申入れてきたので、原告は昭和三四年六月一五日、被告方において松田との間に和解の交渉をなした結果、松田において昭和三五年三月末日までに第一土地および第三建物を明渡し、被告において移転料として金五〇〇、〇〇〇円を松田に支払うことで話合いができるに至つたので、松田の代理人であつた小倉三男弁護士に対し、右訴訟の係属している神戸地方裁判所で裁判上の和解をなすよう連絡し、被告に有利な和解条項を作成のうえ、昭和三四年六月二四日同庁において前記趣旨の和解が成立し、松田は昭和三五年三月中旬頃、右土地建物を被告に明渡した。

二、右各事件の処理により原告が被告から支払を受けるべき着手金および謝礼は、当初原被告間で具体的に定められることなく、事件終了後、競落不動産の時価を基準として、大阪弁護士会の報酬規定の範囲内で双方協議のうえその額を決定する約定であつた(かりに明示の約定が認められないとしても、暗黙のうちに右と同様の合意がなされていた)が、被告が別紙第一ないし第三目録記載の抵当不動産を競落し、第一土地および第三建物の明渡をうけ、原告の事務処理が完了した後も報酬についての協議は被告の不誠意により成立していない状況である。

ところで被告が競落により取得した物件の価格は、昭和三六年一二月当時、他人の占有が存しない場合の評価で、第一土地が金一八、六三三、一二〇円(三、三〇平方メートル当り金四八〇〇円)、第二土地が金七、六三二、〇〇〇円(同平方メートル当り金四八、〇〇〇円)、第三建物が金二、五五四、二〇〇円であるから、右価格をもつて被告の得たる経済的利益とすべく、これを基礎とし、かつ大阪弁護士会の報酬規定に準拠して、原告が支払を受けるべき正当な報酬額を算定すると、左記のとおりとなる。

(一)、神戸地方裁判所伊丹支部昭和三一年(ケ)第二一号事件の第一土地および第三建物の競落までの報酬

金五、二九六、八三〇円

三和銀行からの抵当権付債権の譲り受けの勧告、交渉およびその手続、競売の申立、競落等を考慮すれば、着手金は取得不動産の価格の二・五パーセント、謝金は同二二・五パーセントを相当とする。

(二)、同庁昭和三二年(ケ)第二五号事件の第二土地の競落までの報酬 金一、五二六、四〇〇円

地目変更の代位登記、競売申立、競落を考慮すれば着手金は取得不動産の二・五パーセント、謝金は同一七・五パーセントを相当とする。

(三)、同庁昭和三三年(ヨ)第二四号不動産仮処分事件の報酬 金一、五八九、〇四九円

仮処分申請の着手金は目的物件の価格の二・五パーセント、右決定を得ての仮処分執行の謝金は、同五パーセントを相当とする。

(四)、同庁昭和三二年(ワ)第七九号、神戸地方裁判所昭和三三年(ワ)第一六〇号土地建物明渡請求事件等の報酬

金三、一〇三、〇九八円

右訴の提起、和解の成立、明渡の受領、神戸地方裁判所伊丹支部昭和三四年(ヨ)第二一号動産仮差押事件、宝塚簡易裁判所昭和三四年(ト)第七号電話加入権仮差押事件の着手金は明渡を受けた物件の価格から和解の相手方松田に支払つた金五〇〇、〇〇〇円を控除した額の五パーセント、謝金は同一〇パーセントが相当である。

三、ところで前項の報酬金中、(一)記載の金員については、抵当不動産の最終の競落期日である昭和三二年五月一四日から二か月を経過した同年七月一四日には、原告は被告より、遅くとも右報酬金を受領すべきものであり、同様に(二)記載の金員については、競落期日である昭和三三年四月一七日から二か月を経過した同年六月一七日、(三)記載の金員については仮処分執行の完了した同年六月五日から一か月を経過した同年七月五日、(四)記載の金員については和解が成立した昭和三四年六月二四日から一か月を経過した同年七月二四日にはそれぞれ遅くとも各弁済期は到来しており、又かりに右主張に理由がないとしても、少くとも全事件の完了した昭和三四年六月二四日から一か月の猶予期間をみた同年七月二四日には、前記報酬金全額につき弁済期が到来している。

四、よつて、被告に対し前記報酬金合計金一一、五一五、三七七円および右金員のうち金五、二九六、八三〇円については昭和三二年七月一四日から、金一、五二六、四〇〇円については昭和三三年六月一七日から、金一、五八九、〇四九円については同年七月五日から、金三、一〇三、〇九八円については昭和三四年七月二四日からいずれも支払ずみまで各法定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かりに右の弁済期の主張に理由がないときは、右報酬金全額につき、昭和三四年七月二四日から支払ずみまで、同じく年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五、原告の以上の主張が認められないとしても、被告は、原告の前記事件処理を通じて別紙第一ないし第三目録記載の土地建物の所有権を取得し、これにより右土地建物の価額中、前記報酬額に相当する分を、法律上の原因なく、かつ右原因のないことを知つて、原告の損失において利得したものであるから、原告は、予備的に、被告に対し、不当利得を理由に、四記載と同額の金員の支払を求める。

六、被告の坑弁事実はすべて否認する。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、請求原因一のうち、冒頭記載の事実、(一)、(三)、(四)記載の各事実は全部認める。同(二)記載の事実のうち、原告が三和銀行からの債権の譲受契約の締結および代金の支払に立会い、必要な手続を完了したこと、同(五)の事実のうち、原告が仮差押手続をなした事情、執行官に仮処分の公示状況を調査させ、右公示板上に訴外松田が貼付していた紙片を除去させたことは否認するが、その余の事実は認める。同(六)の事実のうち、原告主張の日時に神戸地方裁判所において、被告の訴外松田に対する第一土地、第三建物の明渡請求事件につき裁判上の和解が成立したこと、訴外松田が昭和三五年三月頃右土地建物を明渡したことは認めるがその余の事実は否認する。

二、請求原因二のうち、被告が原告に支払うべき着手金および謝金が事件委任の際定められず、事件解決後に原被告協議のうえその額を決定する約定であつたこと、被告が競落不動産を売却していないこと、報酬額について原被告間に現在なお協議が成立していないことは認めるがその余の事実は争う。

三、被告が原告に支払うべき報酬は左記の金額が相当である。

(一)、債権取立に関する報酬 金三四五、四一四円

原告が回収した債権元本および利息金合計二、三〇二、七六〇円の一五パーセントとして計算したもの

(二)、訴外松田に対する第一土地および第三建物の明渡請求に関する報酬 金二一〇、〇八一円

右明渡請求訴訟は、所有権に関するものでなく占有に関するものであるから、右明渡によつて被告が受ける利益を不動産価額(競落価額金二、八〇一、六一〇円)の三分の一の金九三三、八七〇円として、その一五パーセントの金一四〇、〇八一円と、右訴訟に関連する原告主張の仮差押仮処分申請等の報酬金七〇、〇〇〇円を合算したもの

以上合計 金五五五、四九五円

(抗弁)

一、被告は原告に対し、昭和二九年七月二四日に金一五、〇〇〇円、昭和三一年一〇月に金二五、〇〇〇円、昭和三二年六月一九日に金三〇、〇〇〇円、合計金七〇、〇〇〇円を着手金および中間報酬として支払つた。

二、被告は、第一土地および本件建物に対する現状維持の仮処分(請求の原因一(五)参照)の保証金として原告に金五〇、〇〇〇円を交付し、又昭和三三年六月五日原告に対し金一〇〇、〇〇〇円を貸与したが、いずれもその返還をうけていないので、昭和三七年六月二八日午前一〇時の本件口頭弁論期日において、右各債権をもつて、原告の本訴債権とその対当額で相殺する意思を表示したので、被告の本訴債務は右限度において消滅した。

証拠〈省略〉

理由

一、原告が大阪弁護士会所属の弁護士であり、昭和三〇年頃から昭和三四年頃までの間に、被告から請求の原因一の(一)ないし(五)記載のとおり、債権の回収、不動産明渡等の法律事務および訴訟事件の委任をうけ、いずれもこれを処理したこと(但し、同(二)のうち、原告が、被告と三和銀行間の根抵当権付債権譲渡契約の締結および代金の支払に立会い、かつ必要な手続を完了したこと、同(五)のうち、原告が仮差押命令の申請をなすに至つた事情および執行官に仮処分の公示状況を調査させ、右公示板上に松田が貼付していた紙片を除去させた事実を除く)および第二土地に柵をめぐらし立札をしてその占有を被告に移し、また昭和三四年六月二四日、神戸地方裁判所において、第一土地第三建物の明渡請求事件につき、原告主張(請求の原因一の(六))の裁判上の和解が成立し、訴外松田が昭和三五年三月頃、右土地建物を明渡したことは当事者間に争いがない。

二、右事件処理により、原告が被告から支払を受けるべき報酬(着手金および謝金)については当初原被告間で具体的に定められなかつた(当事者間に争いがない)が、原告本人尋問の結果によると、事件が最終的に解決(訴外松田の第一土地、第三建物の明渡完了)した後に双方協議のうえその額を決定する約定であつたことが認められるので、金額の点はともかくとして報酬(着手金および謝金)を支払うこと自体については、原被告間に合意が成立していたということができる。

ところで、右報酬額決定の協議はいまだ成立しておらず(当事者間に争いがない)、原告の主張によると、右報酬額は、競落不動産の時価を基準として、大阪弁護士会の報酬規定に則つて決定する約定であつたというのであるが、原告本人尋問の結果によるも、右土地建物の売却価額即ち時価を基準として全受任事件につき着手金および謝金額を決定する旨の合意がなされたことを認めるにたりず、他にこれを認めうる証拠がない。

したがつて、右報酬額の決定にあたつては、原告の事件処理により被告の受けた利益の程度、事件の難易、原告の費した努力の程度その他当事者間に存する諸般の事情を考慮し、かつ日本弁護士連合会制定の報酬等基準規定および大阪弁護士会制定の大阪弁護士会報酬規定を参酌して、適正妥当な額を決すべきものである。

三、原告が被告のためになした事務処理は、前認定のとおり多岐にわたるが、抵当不動産の競売申立、株式会社三和銀行からの先順位根抵当権付債権の譲り受けのための行為、右譲受債権をもつてする配当要求の申立、第二土地の地目の変更および競落等の各事務処理は結局において債権回収のためになされた一連の行為に他ならず、又訴外松田に対する第一土地第三建物の現状維持の仮処分申請およびその執行、損害金保全のための動産、電話加入権債権等に対する仮差押は、原告本人尋問の結果から明らかなように、帰するところ相手方松田に心理的な圧迫を与え、右土地建物の早期明渡の実現を容易にするためになされた附随的措置というべきであるから、右各事務処理毎に報酬額を算定することは必ずしも妥当でなく又当事者の意思にも合致しない(原告本人尋問の結果)ので、本件報酬額の算定にあたつては、原告のなした事務処理を債権の回収に関するものと、競落不動産のうち第一土地、第三建物の明渡請求に関するものに大別し、これを中心に適正妥当な額を決定するのが相当である。

もつとも成立に争いのない甲第九号証(大阪弁護士会報酬規定という)の第一七条によると、報酬は一個の事件毎に定めるものとされ、又一個の事件の手続と関連して別個の事件手続をする場合の着手金および謝金の標準についても規定されているのであるが、鑑定人阿部甚吉の鑑定の結果によると、実際には必ずしも右規定どおりの方法で報酬額が算定されているとはいえず、むしろ事件処理により依頼者にもたらす経済的利益を中心として算定されることが多い事実が認められ、又一個の事件手続と関連して別個の事件手続をなす場合の態様も千差万別であるから、右規定の存在することから直ちにこれに準拠して算定するのが合理的であるとはいいがたく、本件においては、前記のとおり、二つの事件に大別し、これを基本として算定するのが妥当である。

なお原告は、他人の占有がないばあいの本件土地建物の時価をもつて、事件処理により被告の得た利益額とみて、これを基礎として報酬額を算定すべきであると主張するけれども、弁護士業務としてなされた事件処理による依頼者の受益額は、貸金回収事件のばあいについていえば、回収の目的となつた債権額(着手金算定のばあいでこれは通常いわゆる訴額に相当する)ないしは現実に回収された金額(謝金算定のばあい)であり、又不動産明渡事件のばあいにおいても、事件依頼当時、明渡を受けることによつて依頼者が実質的に得ると予測される利益(着手金のばあい)ないし明渡を受けることにより現実に得た利益(謝金のばあい)を具体的に評価算定すべきであつて、一律に不動産の時価即受益額と認める合理性はないから、原告の右主張は採用できない。

四、当裁判所は、前記大阪弁護士会報酬規定(以下単に報酬規定という)および鑑定人山本敏雄、同阿部甚吉の各鑑定の結果(但しいずれも後記認定に反する部分を除く)を参酌し、左記の金額をもつて、原告が受けるべき適正妥当な報酬額であると認める。

(一)、債権回収事件に関する報酬

(着手金) 金九二、〇〇〇円

原告が被告から回収を依頼された債権は、訴外王竹三から譲り受けた寄託金債権金二、一〇〇、〇〇〇円、三和銀行から譲り受けた訴外吉田松夫に対する貸付金債権金一、一〇〇、〇〇〇円、同じく同銀行から譲り受けた訴外株式会社日進鉄工所に対する貸付金債権金五〇〇、〇〇〇円の合計金三、七〇〇、〇〇〇円およびその各遅延損害金債権であり、原告はこれを回収するため、抵当不動産である第一ないし第三の土地建物につき、競売および配当要求の申立をなしたわけであるから、その着手金は右債権元本の合計金三、七〇〇、〇〇〇円の二・五パーセントにあたる金九二、〇〇〇円(三位以下切捨)をもつて相当とする(報酬規定第六条、第四条、なお配当要求事件の着手金については競売申立事件に準じて算定する。なお遅延損害金の額を算定の基礎から除外し、又報酬規定第四条の区分に従い被告の受ける経済的利益を金一〇〇、〇〇〇円以下の部分とこれをこえる部分に区別して着手金の額を算定しなかつたのは、原告の請求自体右のような区別をせず、また右区別をしない取扱いが大阪における一般的傾向であると認められる(鑑定人阿部甚吉の鑑定の結果)ことによる。)

(謝金) 金六三三、〇〇〇円

前記競売および配当要求手続により被告の得た利益即ち回収された元利金は、第一、第二土地、第三建物の競落代金の支払に充てられた合計金四、二二二、六一〇円(第一土地金一、三五〇、〇〇〇円、第二土地金一、四二一、〇〇〇円、第三建物金一、四五一、六一〇円)である。

ところで競売事件における謝金は、訴訟事件の二分の一とされているので、通常被告の得た右利益の五パーセント以上一五パーセントの範囲内で謝金額を決定すべきところ(報酬規定九条、六条)、前記当事者間に争いのない事実および原告本人尋問の結果によると、原告は右競売事件に関連して、先順位根抵当権者である三和銀行からの債権譲受につき、その交渉、契約書の作成、代金の支払等にも関与し、又第二土地については当時登記簿上の地目が畑であつたため、被告においてこれを競落できるようにするため、農業委員会に出頭して地目変更に必要な手続をなし、さらに各抵当不動産の競落そのものにも立会い、関与するなど通常任意競売手続において必要とされる以外の各種の事務を処理していることが認められ、これら諸般の事情を考慮すると、被告の得た前記利益は、原告の精神的、肉体的貢献によることがきわめて大であつたものというべきであるから、前記回収金四、二二二、六一〇円の一五パーセントに当る金六三三、〇〇〇円(三位以下切捨)をもつて妥当な謝金額と認める。

(二)、第一土地、第三建物の明渡事件に関する報酬

(着手金) 金一二八、〇〇〇円

被告が右明渡によつて得る利益額の算定基準となる目的物件の価額は、固定資産税の評価額によることなく、右物件の実質的価額によつて決すべきところ、原告が訴外松田に対する第一土地、第三建物の明渡請求訴訟に着手した当時における右土地建物の明渡状態における価格は、鑑定人佃順太郎の鑑定の結果によると、金五、三六七、〇八一円(第一土地金三、八四三、〇八一円、第三建物金一、五二四、〇〇〇円)であり、又第三者が占有している場合の価格は、右土地建物の競落価額である金二、八〇一、六一〇円であつたと考えられるので、被告の受益額は、右差額である金二、五六五、四七一円と解すべきところ、不動産明渡請求事件における着手金は、通常受益額の五パーセント(報酬規定第四条参照)をもつて相当というべきであるから、前記金二、五六五、四七一円の五パーセントにあたる金一二八、〇〇〇円(三位以下切捨)をもつて妥当な額であると認める。

(謝金) 金六四一、〇〇〇円

前記争いのない事実および原告本人尋問の結果によると、訴外松田に対する第一土地、第三建物の明渡請求訴訟は、原告の訴訟上および訴訟外の交渉等による努力の結果、被告において、訴外松田に金五〇〇、〇〇〇円の移転料を支払うことにより裁判上の和解という形式で解決され、その目的を達したことが認められるので原告は被告に対し謝金を請求しうる。

そこで被告が右明渡によつて得た利益額について考える。右利益額の算定基準となる目的物件の価額は前記のとおり、物件の実質的価額によるべきところ、右訴訟事件が解決した昭和三五年三月当時の第一土地および第三建物の明渡ずみの状態における価額は、前記佃鑑定人の鑑定によると金一三、八三五、八八五円(第一土地金一二、二二七、九八五円、第三建物金一、六〇七、九〇〇円)であることが明らかである。ところで被告の受益額は、右明渡状態における価額から、訴外松田が占有している状態における価額を控除した額と解され、右占有状態における価額は、その占有の態様、権原の有無等によつて当然異りうるのであるが、訴外松田との右明渡についての争訟は訴訟という形式で争われ、相手方もこれに応訴し、一応占有権原の有無についても争われていたものであるから、右価額は明渡状態における価額の五〇パーセントと評価するのが相当であり、したがつて被告の受益額は前記金一三、八三五、八八五円の五〇パーセントにあたる金六、九一七、九四二円から移転料として訴外松田に交付した金五〇〇、〇〇〇円を控除した金六、四一七、四九二円であると考えられる。つぎに謝金の割合は、原告本人尋問の結果により明らかなごとく、右明渡事件は訴訟としては比較的困難なものでなかつたが、原告が右明渡を早期にかつ確実に実現するため、前記仮差押をなすなど右明渡のために相当の労力を費したことその他右尋問の結果にあらわれた諸般の事情を、報酬規定第九条を参酌して、総合勘案すると、被告の受益額の一〇パーセントをもつて相当と認めることができるので、原告の受けるべき謝金は、金六四一、〇〇〇円(三位以下切捨)となる。

(三)、したがつて、原告が前記事件処理により、被告から受けるべき適正妥当な報酬額は、以上の合計金一、四九四、〇〇〇円である。

五、遅延損害金について

原告の受くべき報酬は、事件が最終的に解決した後(訴外松田の第一土地、第三建物明渡後)に原被告間でその額を協議して支払う約定であつたことは前認定のとおりであり、右約定は、事件が右のごとく最終的に解決した時点において原告が被告に対し、適正妥当な報酬額を請求しうることを前提として、その額を当事者の協議により決定する趣旨と解することができる。

したがつて、個々の事件処理の終了した一定期間後に、個々の報酬金債権につき履行期が到来していた旨ないし少くとも明渡についての和解が成立した一か月後である昭和三四年七月二四日には報酬金全額につき履行期が到来していた旨の原告の主張はいずれも理由がないが、右和解に基づき、昭和三五年三月頃訴外松田が右土地建物を明渡したことは前認定のとおりであるから、特段の事情の認められない本件においては遅くとも同年四月一日には、前認定の報酬金債権全額につき履行期が到来していたものと認定するのが相当である。

六、被告の抗弁について

(一)、被告の抗弁中、一記載の各弁済の事実および同二記載の相殺の抗弁中、被告が第一土地および第三建物に対する現状維持仮処分の保証金五〇、〇〇〇円を原告に交付した事実は、いずれも本件全証拠によるもこれを認めることができない。

(二)、同二記載の貸金による相殺の抗弁について、原告本人尋問の結果によると、被告が原告に対し、その主張の頃金一〇〇、〇〇〇円を貸し渡した事実が認められ、又昭和三七年六月二八日午前一〇時の本件口頭弁論斯日において、右貸金債権をもつて、原告の本訴債権とその対当額において相殺する意思を表示したことは当裁判所に顕著であるから、原告の本訴債権は、右対当額において、その発生時である昭和三五年四月当時に遡り消滅したものと認められる。

七、原告は、予備的に不当利得を理由に第一次請求におけると同額の金員の支払を求めるけれども、原告は以上認定の範囲で報酬金および遅延損害金債権を有しているのであり、本件全証拠によるも、原告主張のごとく、被告が原告の右事件処理によりその損失において、法律上の原因なく利得したことを認めることができないので右主張は理由がない。

八、そうすると、原告の本訴請求は、前記報酬金合計金一、四九四、〇〇〇円から前記相殺により消滅した金一〇〇、〇〇〇円を控除した金一、三九四、〇〇〇円およびこれに対する前記昭和三五年四月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるかぎりにおいて理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法九二条、八九条によりこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とし、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤孝之 渡辺一弘 川端敬治)

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